2026年
4月
29日
水
*体軸に交代したらその手は体側に密着して体軸に与るから動かせない、体軸全体で受けの手を取ることになり、掴むというイメージではない。体に固定する感じ。受けの手首を取り返した手は後ろ転換で背屈により掌は手首に巻きつけ、腋を閉じて体軸に与ると二教固めが生まれる。手首を掴んで押し下げようとする動作からは技が実らない。それが勝速日ではないからである。
2026年
4月
26日
日
2026年
4月
22日
水
*基本動作が正勝吾勝で終わるのは、連続する足捌きで技を生むために必然の体勢である。両足が地を踏めば停止で終わってしまう。
2026年
4月
19日
日
*鳥船左右左のあとの左半身における魄気の陰・正勝吾勝での手捌きは剣を用いた打ち込みから突きへの手捌きと同じである。
*魂・手が上、表にある。そのままでは足・魄は動かせない。巡らせ、あるいは天に円を描いて初めて魄は働きを持つ。
*但し、正勝の手は下丹田に置いた状態から昇気や上段、あるいは外巡りで下段や地に非軸足と共に発すると、いくつかの技へと展開できる。
*体の変更の手捌きはよくよく吟味するべきであろう。
2026年
4月
15日
水
2026年
4月
12日
日
*開祖曰く〝合気の剣に構えはない〟(小林裕和師範口伝)
2026年
4月
08日
水
2026年
4月
01日
水
〝合気の構えから発した捌きは、指先にまで及び、その体は丸く、螺旋状に動いている〟(『合氣道』p93)。
螺旋とは円運動の面に垂直の方向をもつ(上昇、下降)曲線「弦巻」と、回転しつつ中心へ近づく「渦巻」がある。
手捌きとは回内、回外、屈曲、伸展、などの動作が合わさって生まれる。足捌きでは足先の内転、外転に始まる軸足の交代による体軸の円転移動と、それに伴う膝の屈曲伸展によって体軸が直立したまま上下に微動することがその本体である。このような徒手の術技は、その成り立ち上、剣・杖の操法を修練することで習得されるものであろう。
〝右に螺旋して舞い昇り、左に螺旋して舞い降り〟(『合気神髄』p77)る。
右の掌に魂氣の珠を包んで掌屈回内して半身で下丹田に置く納刀の動作を初動として、背屈回外、抜刀で受けの魂氣に結び、入り身一足から回内に転じて手刀が天を指すと螺旋で舞い昇り、八双の構えに近似する。止まらず母指先の反りに合わせて回内にて魂氣は下降し、左に螺旋して舞い降りると右半身入り身一足で下丹田に巡り、魄気と結ぶ〝勝速日〟(『合気神髄』p70)で正面打ちまたは交差取り入り身投げ表が生まれる。
螺旋で舞い降りるから入り身一足が動作できる。
〝魂によって魄を動かす〟(『合気神髄』p131)と同義であろう。
正面打ち入り身投げ/一教裏、片手取り入り身転換、片手取り後ろ回転、交差取り一教裏の後ろ回転等に現される動作である。
2026年
4月
01日
水
*接点は一瞬たりとも固定してはならない。背屈・橈屈で手掌を開くとともに受けの手首に接触線、面を描いて受けの手刀と眉間の間に入り、その空間に魂氣が充満したような気持ちになる。魂氣の気結びである。対側の手は前述のごとく、上段で同時に動作して両方の母指先から魂氣を発する思いでその反りに沿って体側と下丹田に巡って降りていくと両手で気の巡りとなる。
〝右手をば陽にあらわし 左手は陰に返して相手導け〟(道歌)
一教運動表である。受けは対側の手を地に着けて上体を支えている。
一教運動から受けの手首を把持する手捌きによって一教から四教までの技が生まれる。
*母指先が地から内方に向くようにして取らせると、外転換の瞬間に魂氣を包んだ掌が天を向いた狭義の陽で下丹田に結ぶ。魂氣と魄気が自ずと下丹田にて結び、体軸が生まれる。
〝魂によって魄を動かす〟(『合気神髄』p131)