非軸足は巡りて天地に結ぶ

1. 改元の年に回転の基本動作を考察する

 平成の後半10年余りに亘って行ってきた単独基本動作回転、特に前方回転と称したものは後方回転に比べて不自然に違いが見られることを承知で、その難しさを克服すべく修錬し続けた。

 その特徴とは、⑴ 軸足先は外股で直角に踏み換える、⑵ 非軸足の一回転に伴う軸足の捻り角の過大(摩擦に抗して45度以上)、⑶ ⑵による体軸の捻れ、上体の歪み(非軸足の置き換えの不調を来たしやすく、軸足交代が確立しない場合は体軸の大きく傾斜した両足立ちとなって、静止することがやっと)、⑷ ⑶を軽減するため必然的に腰を著しく落とし、軸足の膝を過剰に屈曲することで腰の前傾を招く、⑸ 上体を直立させ目付けを水平に維持するため、腰に対して体軸を相対的に後ろへ反らせる必要が生じる。

 

 ⑴から⑸を一連の基本動作として完遂するには非軸足を軸足の膝上で回転することが、より安定的であることを知ったのは大きな収穫ではあった。非軸足の踵が軸足の膝直上を通るように後ろへほぼ一回転させて置き換えるのである。

 それにしても、軸足が畳よりも大きな摩擦を受けると、非軸足は半回転あまりが精一杯である。しかも相対動作では、受けに連なる取りの手が取りの上丹田に結ぶことで体軸の確立したときでも、軸足の後ろから足先を経て非軸足を一回転させるには不安定を完全に払拭し得るものではなかった。

 

 端的な例が、二人諸手取りで一人を片手、他方を交差取りとして四方投げに導く場合である。

 まず受けの両手、諸手は縦に並べる原則が先である。それによって受けの体軸に歪みが生じ、取りの入り身が魄氣の密着へと進み、魂氣が受けの魄氣に結ぶ動作までが可能となる。

 それに加えて、四方投げの持ち方で振りかぶる交差取りの手(同名側)と柄頭に添える手としての片手取りの手(異名側)が魂氣の働きによって取りの上丹田に結ぶ過程が必須である。

 そこに合わせる足腰の相対基本動作では、表裏の必要性が先手・後手の違いのみならず、二人取りでも再認識されるわけである。回転とは軸足先の前を非軸足が置き換わる表と、軸足の踵を回って後ろに退く裏の動作にわけられるが、二人取りでは一方に裏を、他方に表を、つまり一方に後方回転を他方に前方回転を動作するべきである。

 すなわち、一方に四方投げの表を動作するとそれが他方にも同時に前方回転となることはない。また、一方に裏を動作してそれが同時に他方にも後方回転とはならない。何故なら二人の受けは互いに側胸部から片側の背と腹が密接し、一人に表なら他方には裏でなければ足腰を相対的に動作しきれないからである

 

 そこで、前方回転は一回転でなく、半回転を二回繰り返してその都度軸足を踏み換えることとすれば、そのはじめの半回転は他者に対する後ろ回転の軸足確立、はじめの軸足の踏み換えを他者への後ろ回転の置き換えとして、次の半回転は後ろ回転の軸足の踏み換えに相当させることとなる。最後に非軸足をその場で内股から外股へと踏み換えて、そのまま共通の足先の動作として、これで一人には後ろ回転で裏、他方には前回転で表の四方投げの魄氣の動作が完遂する。

 

 非軸足をはじめに半回転とすることで他者の後ろ回転の軸足とし、はじめの軸足の踏み換えに置き換えを加味して動けば、後ろ回転の後方への置き換えとなる。残りの非軸足の半回転が他者の後方回転の軸足踏み替えに相当する。前方回転が後方回転と共存出来るわけである。それは前方回転の基本動作で非軸足を一気に一回転させることから、半回転の繰り返しに分けることで可能となるのである。

 

 前方回転の軸足の踏み替えを二回に分けることで、安定性は高まり、後ろ回転の要素を含むことになるわけである。

                                      2019/1/5

2. 一人に外転換は他方に内転換 ------ 二人取り

 相対動作で右逆半身片手取り:外転換ではじめ、左相半身・陰の魄氣で前の左足を外股で踏み換え軸として、後ろの右足を前に半回転で置き換え軸足交代とし、左足を後ろへ置き換えて右足をその場で内股に踏み換え軸として左足先をその場で外向きに踏み換えると一回転。後方回転、即ち四方投げ裏の基本動作。

 

 相対動作で左相半身交差取り:相半身のまま内転換・陰の魄氣からはじめ、軸足交代として前の左足を外股で踏み換え、後ろ右足を半回転前に置き換えて軸とし、左足への軸足交代をその場で外股に踏み換えて再度後ろとなった右足を半回転前方へ置き換え軸として左足先を外向きに踏み換えると一回転して陰の魄氣。前方回転、即ち四方投げ表の基本動作。

                                       2019/1/6

3. 開祖の〝自然の法則〟

 念い、深く思う心の働き、想い、たましい、魂。

 

 気とは物ではなく心の作用である。それが活気となって身体に漲ると、全身の緻密な動作の源となる。魂氣が発せられ、円を描いて丹田に巡る間、両手がそれぞれに様々な働きを生み出すのである。

  志は気の帥なり(孟子)

と言われるように、心が指し示す方向、つまり志があって初めて気は発せられるのであるが、われわれは吸気の相において母指先から大気に向けて魂氣を発し、呼気によって各丹田へと巡らせるのである。あるいは天に発し、地に巡らすこともあり、さらには地を掃いて再び吸気によって天空に掬い上げては呼気で丹田に巡る。

 

以下『合気神髄』から引用。

 

「念で技が無限に発兆するのである。」P174

「それには正しい念がなければならない。この念で正しい稽古を積まなくてはいけない。稽古は自己の念を我欲に結んだら向上はあり得ない。 中略 念は目前の形にとらわれることなく、宇宙の法則に正しく氣結びしていなくてはならない。そして五体に止まってはいけない。 中略 五体は宇宙の創造した凝体身魂であるから、宇宙の妙精を吸収し、宇宙と同化しているわけである。武道の奥義は、念を五体から宇宙と氣結びし、同化して生死を超越し、宇宙の中心に立つことである。」p175

 

「技は五体のひびきと宇宙のひびきと氣結び、緒結びし、千変万化するのであるけれど、我々は五体のひびきから光と熱と力を生じさせるような稽古をし、宇宙のひびきの中の空に技を生み出していかなくてはいけない。」p176

 

 

左に軸足・体軸を確立するなら、右の非軸足と同側の手が不思議な「身の軽さを得る」p105

はじめ念は右足を軸とし、右手を陰の魂氣で体軸に与ると、次に吸気で軸足を左に交代して体軸を確立すると(「念を五体から宇宙に氣結びすれば」)つまり右の非軸足と同側の手が不思議な「身の軽さを得る」ことで陽の魂氣を発して受けに響かせることができる。

 

「この左、右の氣結びがはじめ成就すれば、後は自由自在に出来るようになる。」p105

「これは自然の法則である。この原則を腹において、臨機応変、自在に動くことが必要である。」p105

 

 

 陰の魂氣のまま手を虚空に翳しても、手を働かせることはできない。そのとき体軸は依然として魄氣と魂氣の結びによって正立・正座にあるわけで、その手から魂氣が自在に発することはない。つまり陽の魂氣として空間へ、更には他者の身心へと手を働かせるには、体軸から解かれた方の足腰の置き換え、踏み換えと同期する場合に限られるのである。

 そこで軸足の交代によって新たに確立した体軸では、魂氣が巡り魄氣と結ぶから、それこそが合氣である。掌中に珠を包み下丹田に魄氣と結ぶ禊こそ、命をあらわす合気そのものであるわけだ。

                                      2019/1/15

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