『合氣神髄』より合氣道とは

『合氣神髄 植芝吉祥丸監修』柏樹社平成2年発行

                     *印、(  )はそれぞれ私的解釈と補足


我々の上には神があると思わねばならない。なぜならば永い間仕組んで出来上がった天や地、そこにある引力-----これは天の気がずうっと下がってくる-----天地の妙精力、つまり引力と引力との交流によって世界が収められる。これをもとにして出来たのが合気道で、合気道はいままでの武道とまるっきり違う。 ……………………………  P58

合気道は禊の技である。……………………………  P38

 宇宙組織を宇宙の魂のひびきによって、ことごとく自己の心身に吸収して結ぶのである。その延長が世界の人々の心と和するのである。すなわち和と統一に結ぶのである。 ……………… P37                       

 

 

*「神」、「天(宇宙)の気」、「地」、「引力と引力との交流」、「魂のひびき」、「自己の心身に吸収して結ぶ」、「その延長」、「和と統一に結ぶ」といった語句の意味とイメージが「禊」と基本動作という動きに現れることで合氣道の成り立ちが示されている。これが合氣道を習得する上での、語句と思いと動作の三位一体と理解するところである。一つでも曖昧にすると歪になる。無駄をしないことが鉄則と云える武芸の修練(五輪書)にあって、そこに「禊」と「結び」と「和」が動作としてあり、明確な意味とイメージを持つことこそ無視してはならない。

「禊」の動作は「概要」を参照。

 

 

 

今までの世の中というものは百事戦闘をもって生きんとしておりました。

それだからして、いちいち技をかえて、形によって進んでいく。これは、

そうじゃありません。絶対に形のない、学びであります。 ………………P26

合気道は形のない世界で和合しなければだめです。形を出してからではおそいのです。……………… P51

すべて形にとらわれてはいけない。それは微妙な働きが出来なくなるからである。

合気道は魂の気の洗濯が一番、その次には己の心の立て直しが肝要である。

体を通して、形のあるものは魄である。中略

魂が魄を使うのでなければいけない。          ……………… P18

合気はすべて気によるのであります。

精神が遊びにいっておるのを統一するのが合気であります。

自己の想いで自己を縛ってはだめである。真の自己を生み出す場の体を大切に扱い、魄を大事に扱うことを忘れてはならない。………………  P16

合気道は、周知のごとく年ごとに、ことごとく技が変わっていくのが本義である。私はその折り折りに各位に、道案内者として立ち、研究してゆくのである。そこで合気道は形はない。形はなく、すべて魂の学びである。  ………P17

すべて道はあるところまで先達に導かれますが、それから後は自分で開いてゆくものなのです。                                  …………   P128

絶えず反省の心を忘れないで鍛錬、向上することに精神を怠ってはならないのである。

万有万神の条理から来る真象を眺め 中略(それを)通して合気道の技は、合気の原理を通して創造することが可能であるから、どんな微妙なる宇宙の変化にも、よく注意していなければいけない。      ………………  P38


 

*「形のあるものは魄である」、「形はない」、「すべて魂の学びである」、「魂が魄を使う」、「魄を大事に扱うことを忘れてはならない」。一見矛盾するようにうかがえる話法を用いて、合氣道の特徴を熱烈にお示しくださる論理である。

2014/11/19

*禊によって天から受けた魂氣を、魄氣と共に丹田で結んだ後に現れる合氣の核心は主観において形ではない。形とは他者の目に映る姿にすぎない。従って形をなぞる稽古においては禊も合氣の核心も無い。

2013/4/20

 

*「形」の前にある「微妙な働き」の「和合」とは合氣の奥義であろう。「すべて氣による」「すべて魂の学び」である、と。このような言葉とそのイメージに一つ一つ符合する動作の三位一体を捉えなければ体得できない。それは魂氣の陰陽・巡り・結び、魄氣の陰陽・入り身・転換回転に行き着き、魂氣と魄氣の結びである禊が合氣そのものであると考えられる。

2013/4/30

円の動きのめぐり合わせが、合氣の技であります。

円を五体の魂におさめると、技を生み出す仕組みの要素を生じます。

円は宇宙にある一切の万物生物を、氣結び、生産びの形にて、生成化育し、守護の仕組みを生じさせます。世の中の因縁も円い動きのめぐり合わせであります。…… P120

 

*円運動が連なると合氣の技を生む要素となる。

 上肢と丹田の間を魂氣が陰陽に巡ることで動作が成り、結ぶことで安定が生まれて円を形作るわけで、魂氣三要素の陰陽・巡り・結びこそ円を成す合氣の元である。更に魄氣と結ぶことで一元の生命を産み、受けとの統一により技の終末とともに正立を成し残心に連なる。しかもこれらは禊に他ならない。

2013/5/1 

 

 

合氣をもって物と心を合わせ、生き栄えていく仕組みをもつのが魂の円であります。

この魂の円がなければ栄え、また精進、魂魄和合のはこびはできません。

これは合氣の武の根元でありますが、相対の因縁動作を円に抱擁し、掌に握るごとく、すべてを吸収します。己に魂があれば、人にも魂があり、これを氣結び、生産びして円の本義の合氣を生み出させれば、円はすべてを統合します。……… P121

 

*身体のたましい魄と、心のたましい魂を結び活性を産み出すには、丹田から魂氣を発し、丹田に巡り結ぶ円運動による。

 これは合氣道の根本であり、相対動作においても取りが魂氣を陰から陽に発し、陰に巡らせて受けの魂氣に結び、更に自己の丹田に結べば、受けを包み互いに一体となることが出来る。

2013/4/21

神ながらの道をば、おぼえていただきたいと思うのであります。

中略 この道は、天の浮橋に最初に立たなければならないのです。天の浮橋に立たねば合氣は出てこないのであります。 中略 那岐(なぎ)、那美(なみ)、二尊が天の浮橋に立って、発し兆し、世の成り立ち、未来永遠にすべてのことを教える案内役たるところの神ながらの道。 …… P26

この合氣も、また天の浮橋に立ちまして、そこから、ものが生まれてくる。これを武産合氣といいます。宇宙のひびきをことごとく身の内に受け止めるのです。…… P27

 

 *宇宙の(たましいの)ひびき:魂氣をおさしになっているのであろう。

 神ながらの道:明確な狭義や教典がなく「古事記」「日本書紀」といった古典を規範とし、気象、地形などの自然現象や祖霊に神が宿るものとして敬う生き方、とされている。

 

 

 

合氣道は天地の合氣、神武以前の天と地を結んでしまうのであります。

天の浮橋、舞い上がり舞い下がるところの気を動かすことが肝要であります。 …… P28

つまり合氣道は禊の技であるということである。…… P38

 

 *天の浮橋:大地は一面の葦原で居住地の未だ開拓されていなかった頃、神々が天と地の間を昇り、降りして、通われる道にかかる橋であり、空にかかっているので浮橋と言う、「階段」である。伊邪那岐神(いざなきのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)(立たないで取る木の神と坐ったまま汲む水の神、つまり住居内に薪を貯え、水を汲んでおくことを始めた祖の神・祖先)が天の浮橋に立って、天の矛(諸刃の剣に長い柄を取り付けた武器)を差し下して、掻き混ぜられたが、すると、塩がこおろこおろと音をたてた。矛を引き上げになると、矛の先から滴り落ちる塩が重なり、積もり、島となった。これがおのころ島(生まれたままのころころした石の島)である。二柱の神は、その島に天降られて、天の御柱(高い柱)を立てられ、八尋殿(やひろどの、間口の広い宮殿)を建てられた。……(参考:古事記 上つ巻 大津栄一郎)

 

 *禊によって、天から魂氣を手に、地から魄氣を足腰に受け、腹に結んで活力を生み、更に手から魂氣を発しては丹田に巡り、魄氣の巡りで動静が成り、その延長が世界の人々の心と和するのである。

2013/4/23

  天の気は陰陽にして万有を生み出す。

今までは形と形の物のすれ合いが武道でありましたが、それを土台としてすべてを忘れ、その上に自分の魂をのせる。

 の技、これが合氣道であります。 ……… P129

 形より離れたる自在の気なる魂、魂によって魄を動かす。この学びなれば形を抜きにして精進せよ。 ……… P131

 禊というのは、中略 要するに、あらゆる穢れを清め、塵埃を払い清浄無垢の世の中を玉成し、虚栄虚飾を去り、万事にわたり充実し、活気臨々たる神徳を発揮し、宇内一点の妖邪をとどめざるを、この世界に行わなければならない。禊は合氣であり、合氣は禊から始める。 ……… P145 

 今までの世の中というものは百事戦闘をもって生きんとしておりました。

それだからして、いちいち技をかえて、形によって進んでいく。これは、

そうじゃありません。絶対に形のない、学びであります。 ……………… P26

 合気道は形のない世界で和合しなければだめです。形を出してからではおそいのです。……………… P51

 

*剣を取っては剣の形があり、杖を取っては杖の形、徒手では徒手の形があるというものではない。それらの動作も思いも禊に繋がり、禊から生まれていることを主張されている。

2013/4/24


 というのは、中略 要するに、あらゆる穢れを清め、塵埃を払い清浄無垢の世の中を玉成し、虚栄虚飾を去り、万事にわたり充実し、活気臨々たる神徳を発揮し、宇内一点の妖邪をとどめざるを、この世界に行わなければならない。中略 禊は合氣であり、合氣は禊から始める。中略 そこで合氣というのは、宇宙の受霊(うけひ)によって結ばれたのである。 ………… p145

 真空の気をいっぱいに五体に吸い込み、滑らかにならなければなりません。……  p67

そういうことで私は最初、息の仕組みからやっております。中略 自分の息を、こう吸ったら、自分の魂が入ってくる。 ………… p100 

真空の気は宇宙に充満しています。(一方)空の気は物であります。それがあるから五体は崩れず保っております。

空の気は重い力を持っております。また五体は物の気で働きます。身の軽さ、早業は真空の気を持ってせねばなりません。空の気は引力を与える縄であります。自由はこの重い空の気を解脱せねばなりません。これを解脱して真空の気に結べば技が出ます。……p67

その結びは中心がなければなりません。中心があるから動きが行われるのであります。この中心は腹であります。…… p68

 いままでの鳥船や振魂の行ではいけないのです。

日に新しく日に新しく進んで向上していかなければなりません。それを一日一日新しく、突き進んで研究を、施しているのが合氣道です。…… p101

  魂氣、すなわち手は宇宙心身一致の働きと化し、…… p170

手、足、腰の心よりの一致は、心身に、最も大切なことである。ことに人を導くにも、また導かれるにも、みな手によってなされるからよくよく考えること。一方で導いておいて一方で和す。これをよく理解するよう努力しなければならない。…… p98

 

 道歌:右手をば陽にあらはし 左手は陰にかへして 相手みちびけ …… p186

 

*「概要」の「禊」参照

*導くには結ばなければならない。和するとは魄氣も結ぶことである。合氣の理解には手すなわち魂氣の、陰陽・巡り・結びが必須である。

「相対基本動作1」他に示す画像「与える」「陰陽の巡り」「結び」「入り身転換」「魄氣の結び」を参照。

2013/5/1

 

 「気の妙用」によって、心身を統一して、合氣道を行ずると、呼吸の微妙な変化は、これによって得られ、業が自由自在にでる。中略 呼吸の微妙な変化は真空の気に波動を生じさせる。中略

この波動の極烈と遅鈍によって、心身の凝結が知られる。…… P86

呼吸の凝結が、心身に漲ると、己が意識的にせずとも、自然に呼吸が宇宙に同化し、円く宇宙に拡がっていくのが感じられる。その次には一度拡がった呼吸が、再び自己に集まってくるのを感ずる。このような呼吸ができるようになると、精神の実在が己の周囲に集結して、列座するように覚える。これすなわち、合気妙応の初歩の導きである。合氣を無意識に導き出すには、この妙応が必要である。こうして合気妙用の導きに達すると、中略 呼吸が右に螺旋して舞い昇り、左に螺旋して舞い降り、水火の結びを生ずる、摩擦連行作用を生ずる。…… P87

 宇宙に結ばれる技は、人を横に結ぶ愛の恵みの武ともなる。

宇宙と結ばれる武を武産すの武というのである。…… P86

 

*呼吸とともに氣結びを成す(呼吸法)

氣結びによって心のたましい魂と体のたましい魄を一つにする想いとは、吸気とともに天より魂の氣を波動のごとく受けつつ一方で指先からそれを広げ、呼気とともに丹田に巡る感覚を持つことであり、中心で魄氣とともに手足腰の一致を自覚することが出来る。無意識の呼吸の緩急により魂氣の巡りを上肢の動作として自在に、しかも全身で技を生み出すことが可能となる。このような心身の統一によって自ずと相対する者を活かす技が生まれ、和合をもたらすこととなる。これを天に結ぶ業、つまり天地に在って魂気魄の一体となることで産まれた武産すの武という。「精神の実在が……列座するように覚える。」については難解である。

2013/5/8

 

1、己の心を、宇宙万有の活動と調和させる

2、己の肉体そのものを、宇宙万有の活動と調和させる

3、心と肉体を一つに結ぶ気を、宇宙万有の活動と調和させる

この三つを同時にかね行うことが必要である。その三つの鍛錬の効果は、宇宙の真理が自ずから理解でき、心は明朗に、肉体は健康になるようになり、この世のすべての不合理、不明朗な問題を、ことごとく解決して、全世界を一大平和境と化すことができる。  ……… P177

  心を宇宙万有の活動と調和させるためには、当然その心を表現する言葉も、宇宙万有の活動と調和しなければならない。中略 その言語を宇宙万有の活動と調和させるためには、その言語と調和した肉体の活動がなければならない。

中略 「氣の妙用」によって、個人の心と肉体を調和し、また個人と全宇宙との関係を調和するのである。 ……… P178

  (口先だけで、「真理」を説くのではなく)合氣道は、三つの鍛錬を実行してこそ、真理の力が心身に加わるのである。 ……… P179

 

語句と思いと動作の三位一体と説いて来たことが、まさしく開祖の言葉で語られていた。

宇宙万有の活動と調和させる、とは世界中で言動に普遍性を持つということ。心で言葉の意味を認識し、想いを伴い、それぞれに動作を現すことができ、しかも道理にかなうべきことを意味する。

 魂・気・魄という言葉と思い、陰陽・巡り・結びという呼吸に伴う氣の妙用、入り身・転換・回転という動作こそが核心であろう。

2013/5/10

 

 和の精神をもって世界平和の実現に進むべきであります。  中略  天地人合氣の魂氣すなわち手は宇宙心身一致の動きと化さなければなりません。……… P181

合氣の道は無限であります。 中略  合氣道においては、天地が修業の場なのです。修業の道には涯(はて)もなく、終わりもない。一生が修業の業であり、無限につづく道の道程であります。 中略  天地の大愛を心とし、万有愛護を己の使命となし、その使命をまっとうすることを真武の道と心得て、修業せねばならないのであります。 ……… P182

 

* 『合氣神髄』の締め括りでは、開祖が合氣道のめざすものについて簡潔に述べられている。合氣道とは、単に道場で技を習得するだけではなく、和を尊ぶ心に気付くだけのものでもない。天と地があり、そこに人として生きることは愛そのものであり、至誠の心になって世界の和合を目指し続けるのだ、と説かれている。

規則に始まり勝敗に終わるという競技ではなく、一個人が生涯の途中で達成できる目標でもない。であるからこそ、合氣道の成り立ちと技を学ぶ上では、緻密な体得が自ずと要求されるのであって、決して曖昧な動作で観念に走るものであってはならないし、言葉や観念の抜け落ちる動作であってもならない。

 稽古の輪を広げていく楽しさに正しい認識が伴わなければ、開祖と先達に心より報いることができないのである。

2013/5/10

 

(前略) 禊からあがって、その折に今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました。あらためて先祖からの技をやらんならんことになりました。この技は気育、知育、徳育、常識の涵養であります。(中略) 

一日もはやく最も幸福なるところの楽しさの建設であります。(中略)

勝負を争うのではありません。(中略)

和合の技であります。   …… P24

 合氣はこの世の大和魂の錬成であります。(中略)

これからは 世界がひとつに和合していかなければなりません。(中略)

まず、自分というものを修養し、そして一家を整えなければいけません。 ……P30

この世の明るい世界は、一元の神の営みの全徳の現われであります。我々もこの中に入っている、(中略) 

自分というものを良く知ること、これが大切であります。(中略)

合氣道は人をこさえる道、心身鍛錬の道であります。    ……P31

 

(前略) 人体も、ことごとく氣と氣の交流の結果生じたものであるから、「世界の気」「宇宙の気」を調整しなければ、やがて邪気を発して、もろもろの災いが起こるのである。このすべての邪気を、天授の真理によって禊をし、 地上に平和をもたらすこと (中略)私はこれを、正しい意味の武の道と呼んでいる。     ……P40

(前略)合氣は人命を救うためにあるのである。(中略)人を殺すなかれが合氣であり、「合」は「愛」に通じるので、私は、私の会得した独自の道を「合氣道」と呼ぶことにしたのである。……P41

(前略)一つの道を貫くためには、他のことには無欲になって進まねばなりません。無欲になった時こそ絶対の自由となるのであります。……P49

(前略)至誠の心は本を忘れず自己を知り、完成するの道であり、和と統一への道であります。……P123

 

合氣道は言葉ではなく禊であります。    ……P49 

 合氣というものは、森羅万象どんなものでも、極意にとりいれなくてはならない。  ……P57

取りいれるのではなく、教えを受けなくてはならぬ。取り入れるというと語弊があって人のものを盗むということで、天の賊になってしまう。取り入れる必要はないが、これみな我々の教えである。   ……P58

 

(前略)剣をもって立つ時ばかりでなく、常に生きる死ぬの執着を絶ち、神様におまかせの心でなければならない。……P116

 (前略)武道と神ながらの道、これまでの武道はまだ充分それに達していなかった。なぜなら、今までが魄の時代であり、土台固めであったからです。すべて目に見える世界ばかり追うと今までのようなことになり、それではいつまで たっても争いが絶えない。目に見えざる世界を明らかにし、この世に平和をもたらす、それこそが真の武道の完成であります。修法は、(中略) 深呼吸のつもりで魂で宇宙の養成を集め、それを吸収する。なぜかといえば自分に必要だからみな吸いとるのだ。……P128

(前略)そういうことで私は最初、息の仕組みからやっております。(中略)自分の息を、こう吸ったら、自分の魂が入ってくる。……P100

(前略)昔は鳥船の行事とか、あるいは振魂の行事、いままでの鳥船や振魂の行ではいけないのです。日に新しく日に新しく進んで向上していかなければなりません。それを一日一日新しく、突き進んで研究を、施しているのが合氣道です。…… P101

2013/7/6

*様々な演武を容易に目にすることのできる時代に至り、ふと合氣とは何かという自問がはじまる。

 

「合氣とは禊である。真空の気、空の気の結びつきによって、森羅万象の阿吽の気と連ねることができ、……魂魄の結合の武の本義を現す」(合気神髄 植芝盛平語録)。

 

*開祖が言葉でその思いを繰り返し述べられ、生涯お示しになった武技の数々こそは合気道であろう。熱い思いで側に仕え、正しく開祖の息づかいから命懸けで受けを授かった先達は、心の静まる真髄を我らに伝えて来られた。

 各人がそれぞれの自己確立のために行うことへ、付け加える一つが合気道である。如何なるときも天地のたましいに連なり、自他を思い、行動する教えである。

 言葉と思いの尽くされた動きである。

 心の静まる核心の動きである。

2013/10/23

*武器を扱う際は、それが単独動作としてなら、少なくとも足腰目付けと姿勢、つまり魄氣を修練していることになる。一方、徒手においては禊と坐技単独呼吸法によって魂氣を体得することが出来る。ところが、相対基本動作を含めて技に現れる形というと、魄氣を一向に頓着しない姿勢の見られる場合が少なくない。こうした現象の理由はどこにあるのだろうか。

 初めの一歩である基本理念と基本動作が曖昧であれば、武器が手にあるかないかにかかわらず魂氣と魄氣の結びに不確かさが積み重なり、誠実な者程その迷い故に畑違いの武技の研鑽を深めようとするかもしれない。そのような立ち位置に身を置くことの意義について一概に論じることはできないものの、本人の価値判断次第と割り切ってしまうのは、指導者のある種怠慢と感じないではいられない。つまり、武器を取って習熟すべき形が増えるほどに合気道の核心が身に付くはずだと考えたことに端を発して、失われる時間と、核心に近づけない距離は決して無視できないからだ。

 これらの得物を手にした時の動作は、それを離した時の動作に生かされてこそ意義があるわけで、徒手の動作が進めば武器を良く使える様になるわけではないし、武器を用いた形を覚えることが体術の秀でることに繋がるわけでもない。

 徒手と武器それぞれに受けた魂氣が結ぶべき魄氣については、そもそも一元的であるということに尽きる。様々な伝統流派による剣術や杖術から開祖がお選びになった剣と杖が、徒手との間に通底する動と静についてこそ真摯に研鑽を深める他あるまい。

 足腰目付けの魄氣についての核心は陰陽、入り身、転換・回転に他ならないし、両手に受ける魂氣は陰陽、巡りによって受けの魂氣や取り自身の魄氣に結ぶことが合氣の根本である。突き詰めれば禊である。

 

 「禊がないと、ものが生まれてきません。P22

 「合氣道は禊の技である  ……………………P38

2013/11/19

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